『ロッキー5』の評価はなぜ低い?それでも刺さる人がいる理由

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4作かけて手に入れたものが、開始20分で全部消える。家も、金も、王座も、リングに戻れる体も。『ロッキー5/最後のドラマ』は、シリーズで最も評価が低い一本として名前が挙がり続けてきた。ただ、実際に観た人の言葉を追っていくと「言われているほど酷くはなかった」という声のほうが目立つ。点数はさほど沈んでいない。沈んでいるのは語られ方だ。

評判がここまで悪い理由は、はっきりしている。2〜4で主役に育っていった部品が、この105分にはほとんど出てこないからだ。リングの試合、積み上がっていくトレーニング、鳴り続ける景気のいい音楽。ロッキーを観に来た人が期待するものを、作り手のほうから外しにいっている。代わりに置かれたのは、破産と、父と息子と、ジムに来た弟子だった。これを「別の映画になった」と受け取れるかどうかで、評価はきれいに割れる。

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『クリード チャンプを継ぐ男』でロッキーは、教えてくれと頼みに来た青年を最初は断り続ける。あの渋り方の出どころが、この映画に置いてある。

🎬 予告編

本作の日本語予告編は公式に出回っていない。上に置いたのは映画メディアRotten Tomatoesが旧作予告を集めているチャンネルの英語版で、そもそもシリーズで唯一、権利元MGMの公式チャンネルに予告編が残っていない巻でもある。

この作品を3行で

  • 引退と破産で、築いてきたものを一度に失う105分
  • 主役はリングの試合ではなく、ジムで始まる師弟関係
  • シリーズで最も評価が低い。ただし理由は好みの分かれ目にある

作品情報

  • 作品名:ロッキー5/最後のドラマ(Rocky V)
  • 公開年:1990年(日本公開は1990年12月7日)
  • 監督:ジョン・G・アヴィルドセン
  • 脚本:シルヴェスター・スタローン
  • 上映時間:105分
ロッキー5/最後のドラマ ポスター
出典:TMDB

📖 あらすじ(ネタバレなし)

ソ連での死闘を終えて帰国したロッキーを待っていたのは、勝利の余韻ではなかった。度重なる打撃で脳に損傷が見つかり、医師からリングを降りるよう告げられる。追い打ちをかけるように、資産が消えていることが判明する。義兄ポーリーが言いくるめられて資産管理の委任状にサインしており、その権限を得た会計士が不動産投資で全部を溶かしていた。税金も6年ぶん滞納していた。豪邸も車も手放し、一家はフィラデルフィアの古い街へ戻ることになる。

戻った先にあったのは、亡きミッキーのジムだった。ロッキーはそこでトレーナーとして立ち直ろうとする。やがてオクラホマから出てきた血の気の多い若手ボクサー、トミー・ガンが押しかけてくる。才能はある。素直でもある。ロッキーは自分の持てるものを注ぎ込み、彼を勝たせていく。一方で、家に帰れば思春期に差しかかった息子が父を必要としている。時間も体力も一つしかないのに、渡す先が二つある。そのどちらを選ぶかが、この映画の骨格になる。

✨ この作品の魅力

ここがすごい!

  • 亡きミッキーの回想が、105分の重心を一人で支えている
  • 1作目の監督ジョン・G・アヴィルドセンと、前作で不在だった作曲家ビル・コンティが揃って戻る
  • エイドリアンが5作でいちばん強く、いちばんまともな判断をする
  • エンドロールがシリーズ14年ぶんの記録映像になっている

死んだ人間が、この映画をつないでいる

本作でいちばん効くのは、生きている登場人物ではない。3作目で世を去ったトレーナー、ミッキー・ゴールドミルの回想シーンだ。ロッキーが立てなくなったとき、記憶のなかの老人が現れる。若い頃のロッキーにカフスボタンを渡しながら、これは肩に乗った天使のようなものだと言う場面がある。もし倒れそうになったら、この天使が耳元でこう囁く——立て、この野郎、ミッキーはお前を愛してるんだから。

バージェス・メレディスが現在の時間軸に姿を見せることはなく、出番はすべて回想のなかにある。上映時間から見れば数分にすぎない。それでも観た人の感想を追うと、この場面だけは誰ひとり否定していない。他のどこに不満を並べている人でも、ミッキーのところに来ると手が止まる。「ここが沁みたから全部許す」という趣旨の言葉を何度も見かけた。

効く理由はたぶん構造にある。この映画のロッキーは、教える側に回ったのに教え方を知らない。自分が誰にどう育てられたかを思い出す以外に、手がかりを持っていない。だからミッキーが出てくる。過去を懐かしんでいるのではなく、教科書を開き直している。そう考えると、シリーズで最も評価の低い一本に、シリーズで最も評価の高い数分間が入っているという妙なねじれにも説明がつく。ロッキーが手本にできる人間は、もうこの世にいないのだ。

撮り方が、14年前に戻っている

監督のジョン・G・アヴィルドセンは1作目の監督で、その仕事でアカデミー監督賞を獲っている。2・3・4はスタローン自身がメガホンを取っていたので、この5作目はシリーズが14年ぶりに元の撮り手のところへ戻った回ということになる。舞台も同じだ。一家が帰り着くのは、1作目でロッキーが暮らしていたあの煤けた界隈になる。

この効果がいちばん出るのは、試合でも喧嘩でもない場面だった。ロッキーと義兄ポーリーが、寂れたダウンタウンをただ歩く。何が起きるわけでもない。ところが3と4の、リングと国旗と拍手でできていた世界を通ってきた目には、この何もなさが妙に効く。取り戻したというより、押し戻された感じの画だ。2から4で豪華になっていった生活のぶん、剥がれ落ちたときの落差が画面にそのまま出ている。

エイドリアンが、5作でいちばん強い

1作目のエイドリアンは、目も合わせられないペットショップの店員だった。2では最後まで再戦に反対しながら、結局たったひとことで夫を立たせる。3でも守りに入った王者に発破をかけ、4では止めるのを諦めてロシアまで付いていく。そして5では、義兄にも悪徳プロモーターにも正面から言い返す。5本並べると、この人だけがまっすぐ育っている。

しかも本作では、家族のなかで最初に正しい判断をするのが彼女になる。金の話でも、息子の話でも、弟子の話でも、状況を正確に見ているのは彼女だけだ。タリア・シャイアの芝居は静かなのに、言うべきことを言うときの圧が5作で一番ある。ロッキーが迷走している時間が長いぶん、彼女の存在が救命具のように働いている。

深いテーマ

本作が問い直しているのは「チャンピオンとは何か」の定義だ。1〜4のロッキーは、ベルトと戦績で証明されるアメリカン・ドリームの体現者だった。ここではその証明書がすべて失効する。王座も財産も肩書きも無くなった状態で、彼に何が残っているのかを105分かけて確かめる話になっている。守るものが「王座」から「家族」へ移る、という言い方をした人がいたが、それがいちばん正確だと思う。

この作品を線でつなぐと、後年の『クリード』シリーズが見えてくる。弟子を育て、その関係が壊れる経験をした男が、20年以上たってからもう一度「教えてくれ」と言われる。あの逡巡は、ここを通っていなければ生まれない。『クリード』の説得力は、この不遇の一本から借りてきたものだ。

🎭 印象的なシーン

①会計士から数字を聞かされる場面。積み上げてきたものが、机の上の説明数分で消える。殴られて失うならまだ話が分かるが、ここでのロッキーは書類の前で立ち尽くすしかない。シリーズで初めて、彼の拳がまったく役に立たない相手が出てくる。

②ポーリーと二人で街を歩く場面。セリフも事件もない移動シーンなのに、ここが妙に長く記憶に残る。1作目でこの男が走っていた道を、今度はゆっくり歩いている。

③ミッキーの回想。前述のとおり、この映画で唯一、誰も文句を言わない数分間だ。ここだけを目当てに観る、という選び方すら成立する。

💭 視聴後の感情

エンドロールが終わっても、賛成の席にも反対の席にも座れずにいた。悪い映画だと言い切るには、ミッキーの回想もエイドリアンも良すぎる。良い映画だと勧めるには、観たかったものが足りない。この宙ぶらりんを「一番評価が低いけど別に嫌いじゃない」と書いていた人がいて、それがいちばん近い。

1から通しで観てきた人ほど、この落ち着かなさは強くなるはずだ。『ロッキー3』のレビューでは「シリーズで一番楽しい」と書いた。その楽しさを支えていた要素——軽さ、爽快さ、勝ち上がる快感——を、5作目は自分から手放している。手放した先に何を置いたのかは分かる。分かるのだが、置き換えが成功したかと聞かれると即答できない。

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こんな方におすすめ!

😅 ここが惜しい

弁護はここまでだ。評価が低いのには相応の理由があって、しかも三つ重なっている。

伝家の宝刀を、二本まとめて鞘に納めた

3作目と4作目は、動き出すまでの停滞はあっても、動いてからはトレーニングと音楽の二つに全部を賭けていた。走る、殴る、上げる、曲が鳴る。終盤はあの高揚だけで押し切っていた。5作目はその二本を同時に外し、空いた時間にドラマを厚く敷いている。狙いとしては筋が通っている。ただ、外した二本はシリーズが研ぎ続けてきた武器でもあった。

音楽の話は、もう少し込み入っている。4作目はシリーズで唯一ビル・コンティが劇伴を離れた巻だった。本作で彼は戻ってきている。監督だけでなく作曲家まで1作目の座組みに帰った回で、劇中には「Gonna Fly Now」「Mickey」「Conquest」といった旧曲も流れる。戻ってきているのに、音の印象が薄い。

その理由はサウンドトラック盤の編成に出ている。1990年11月にCapitolから出たアルバムはヒップホップとニュージャックスウィング中心で、それまでのシリーズとまったく別の路線に振られていた。コンティの曲は11曲中1曲だけで、しかもその1曲は本編で使われていない。逆に、劇中で鳴る旧曲はアルバムに1曲も入っていない。劇伴とアルバムが別々の方向を向いている

「音楽が耳に残らない」という感想は本作について繰り返し出てくる。作曲家が帰ってきた巻でそう言われるのは皮肉だが、売り出す側が別の音を前に出していたのだから無理もない。あわせてトレーニングの積み上げも無いので、体を作り込んだスタローンを見る楽しみもここには置かれていない

決着のつけ方で、賛否がまっぷたつに割れる

本作を語るとき、ほぼ全員が最後の決着方法に触れる。そして、そこで評価がひっくり返る。中身は伏せるが、この映画の締めくくりはリングの上では行われないとだけ書いておく。

否定側の言い分はこうだ。元世界王者がその決着方法を選ぶのは、競技者としての矜持を自分で降ろすことになる。ボクシング映画として積んできたものを、最後の数分で崩している——という理屈で、これは筋が通っている。実際「納得できない」「これだけは擁護できない」という声は多い。

肯定側の理屈も弱くはない。1作目のロッキーは、そもそも肩書きを持たない街の男だった。ベルトも財産も失ったあとの彼が街の人間として振る舞うのは、原点への帰着として正しい。こちらの読み方をした人は「清々しかった」「スカッとした」と書いている。否定と肯定はおよそ半々で、しかも高い点は肯定側に寄っている。この非対称が、評判の悪さと実際の点数のズレを生んでいる。

どちらが正しいかは、その人が「ロッキーというシリーズの本質」をどこに置いているかで決まる。競技への敬意に置く人は落胆し、街の男の物語に置く人は納得する。観る前にどちらの側にいるかを自覚しておくと、着地の受け止め方が変わってくる。

詰め込みすぎて、時間の辻褄が合わない

105分に入っている要素を数えると、引退、脳の損傷、破産、転居、故郷との和解、弟子の育成、裏切り、父と息子の断絶と修復まである。ひとつひとつは扱いようのある題材だが、並べる速度に対して映画の長さが足りていない。結果としてトミー・ガンが道を踏み外す過程は説明が駆け足になり、彼が何に飢えていたのかが観客に十分渡らないまま話が進んでしまう。ロッキーの判断も場面ごとにぶれて見える。

もうひとつ、通しで観ている人だけが食らう問題として、時間の流れが合わない。本作は前作のラストの直後から始まるのに、息子が明らかに数歳ぶん育っている。実子のセイジ・スタローンを起用した都合が優先された結果で、指摘した人たちはおおむね笑い話として書いているが、シリーズを一続きの時間として観てきた目には、ここで時計が狂う。

ここが残念…

  • トレーニングの積み上げとテーマ曲という、シリーズ最大の武器を同時に外している
  • 最後の決着方法で評価が割れる。ボクシング映画として観ていた人ほど落胆が大きい
  • 題材を詰め込みすぎて、弟子が変わっていく過程の説明が足りていない
  • 前作の直後のはずなのに息子が数歳育っていて、シリーズの時間が合わなくなる

こんな方には向かないかも…

  • リングでの試合と、盛り上がるトレーニング場面を目当てにしている人
  • シリーズを観ないまま、この5作目から入ろうとしている人
  • スカッとする勝利で終わる話を求めている人(後味は明るいが、道のりは重い)

サウンドトラック購入先

  • Spotify:配信あり(15周年記念盤)
  • Apple Music:配信あり(リマスター版・全11曲)

本編で流れるビル・コンティの旧曲は、このアルバムには入っていない。収録されているのはエルトン・ジョンやSnap!が並ぶ1990年の音だ。

🎬 「ロッキー5」が好きなら絶対見るべき3選

インファナル・アフェア(2002)

『ロッキー5』の弱点は二つあった。裏切る側の内側が描かれないことと、詰め込みすぎて話の辻褄が緩むこと。こちらはその両方を裏返している。裏の顔を持って生きる人間の内側だけで102分が組み上がっていて、しかも1秒も余っていない。トミー・ガンが何を考えていたのか分からずもやもやした人ほど、この密度が効く。

👉 『インファナル・アフェア』のレビューはこちら

ビッグ・フィッシュ(2003)

『ロッキー5』の父と息子は、外の人間に向いていた父の目が家に戻るまでの話だった。ティム・バートンのこの一本は、そこから何十年か経った側から同じ関係を見ている。父の武勇伝にうんざりしてきた息子が、最後にその物語ごと引き受ける。ロッキー・ジュニアが父に向ける言葉と、こちらの息子が父に返す答えは、驚くほど近い場所にある。

👉 『ビッグ・フィッシュ』のレビューはこちら

ピンポン THE ANIMATION(2014)

ロッキーがトミーに渡せたのは技術までで、その先が渡らなかった。こちらは才能の差がはっきりある五人を並べたうえで、人が変わる瞬間だけを拾っていく。かつて選手だった人間が教える側に回っている点も重なる。卓球を知らないまま入っても問題なく、全11話しかない。

👉 『ピンポン』のレビューはこちら

📺 配信サービス別・視聴ガイド

『ロッキー5』はNetflixになし|6作を通しで観るならU-NEXTかHulu

この巻に限っては、契約先より先に決めることがある。観る順番だ。5作目から入ると、引退も破産も弟子の件も、何を失ったのかが分からないまま進んでいく。最低でも1作目、できれば4作目まで通してから来てほしい。逆にここまで来た人にとっては、残り1本を足すだけの話になる。

その前提なら、U-NEXTの31日間無料体験がいちばん無駄がない。1作目から『ロッキー・ザ・ファイナル』までの6作が揃っているから、期間の内側でシリーズの残りを観終えられる。Huluは無料体験の制度そのものが終わっているので、新規で選ぶならひと月分の月額を払う前提になるが、契約中の人なら追加の手続きなしで再生できる。Amazon Prime Videoは都度課金のレンタルのみ。この巻だけ観るなら選択肢になるが、シリーズを通す使い方には向いていない。

👉 直前の巻から続けて読むなら、『ロッキー4』のレビューへ。

視聴はこちらから

📀 Blu-ray・円盤情報

手元に置くなら単品のBlu-rayが出ている。この巻は下町の暗い画と室内の芝居が中心で、配信の圧縮では潰れやすい階調がディスクだとはっきり残る。シリーズを棚に揃えている人にとっては、ここだけ抜けていると通しで観返せなくなる点も地味に効く。

▶ 完結編『ロッキー・ザ・ファイナル』レビューへ

16年後、60歳の身体でもう一度リングに戻る

📚 ロッキーとクリード全9作の見る順番

スタローンの50年が、そのまま9本になっている

📝 まとめ

『ロッキー5/最後のドラマ』は、シリーズが自分の得意技を封印して別のことをやろうとした一本だ。試合もトレーニングも音楽も引っ込め、残った時間で破産と父子と師弟を描いている。その判断が実を結んだかというと、正面から肯定するのは難しい。詰め込みすぎで説明が足りない場所があるし、最後の決着方法は今も賛否が割れたままだ。シリーズで最も評価が低いという評判には、それだけの根拠がある。

それでも、この105分を飛ばすと見えなくなるものがある。弟子を持った男が最初に思い出したのが誰だったのか。ベルトも金も無くなった彼に、何が残るのか。1〜4を観てきた人には、埋めておく価値のある空白だ。逆に、リングの上の高揚を期待して1本だけ選ぶなら、この巻は勧めない。順番に来た人のための映画であって、ここから入る映画ではない。

⭐ 作品の特徴

項目評価
ストーリー★★★☆☆
キャラクター★★☆☆☆
音楽★★☆☆☆
映像★★★★☆
熱量★★★☆☆
テンポ★★☆☆☆

うさぎ亭的おすすめ度

⭐⭐⭐⭐⭐⭐☆☆☆☆

6.2 / 10

6作の中でいちばん褒めにくい。それでも、抜くと欠ける。