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「3で終わっていてほしかった」。筆者はずっとそう思っている。だから4は蛇足に見えたし、5の話を聞いても期待はしなかった。公開初日に駆けつけることもなく、少し経ってから観に行った。そのうえで書くが、この5は認めざるを得ない。
4は、シリーズが30年抱えてきた問いにいちばん深くまで踏み込んで、最後の一歩で降りた映画だった。5は降りていない。同じ問いの前に立たせたまま、その次の一行を書きにきている。ただ、その話をする前に、いま一番検索されているであろうことに答えておく。2026年8月23日時点で、本作は国内のどの配信サービスにも無い。
📺 『トイストーリー5』の配信はいつ?【2026年8月版】
| サービス | 配信状況 | 無料体験 |
|---|---|---|
| U-NEXT | 配信なし | 31日間 |
| Disney+ | 配信なし(過去作1〜4は見放題) | なし |
| Amazon Prime Video | 配信なし | 30日間 |
| Netflix | 配信なし | なし |
| Hulu | 配信なし | なし |
2026年8月23日時点で、『トイ・ストーリー5』は国内のどのサービスでも見放題・レンタルとも配信されていない。7月3日に公開されたばかりで、まだ劇場での上映が続いているためだ。ただし米国では8月18日にデジタル配信(購入・レンタル)が解禁されており、9月22日には4K UHD・Blu-ray・DVDが発売される。日本の配信開始日は未発表だが、過去4作がいずれもDisney+の見放題に入っていることを踏まえると、国内でもDisney+が最有力の配信先になる。配信状況は変動するため、最新情報は各サービスの公式サイトでも確認してほしい。
👉 各サービスの詳細な違いはVOD比較7社徹底解説を参照。
待つあいだにできることが一つある。過去4作はDisney+の見放題で今すぐ観られる。5はジェシーの回なので、先に2を通しておくと終盤の受け取り方が変わる。
ジェシーの過去が描かれたのは2作目のたった一場面で、そこが5の芯になっている。先に読むなら『トイ・ストーリー2』の記憶が薄い人へ|ジェシーの2分間から。
🎬 予告編
この作品を3行で
- 主役はジェシー。ウッディとバズは脇に回る
- 敵はタブレット。ただし最後まで倒す相手として描かれない
- 「捨てられる」で止まっていたシリーズが、その次の行を書いた102分
作品情報
- 作品名:トイ・ストーリー5(原題:Toy Story 5)
- 日本公開:2026年7月3日(G)
- 監督:アンドリュー・スタントン
- 脚本:アンドリュー・スタントン、ケナ・ハリス
- 上映時間:102分
- 日本語吹替:唐沢寿明(ウッディ)、所ジョージ(バズ)、日下由美(ジェシー)、広瀬アリス(リリーパッド)、佐野勇斗(スマーティー・パンツ)、竜星涼(フォーキー)、天野叶愛(ボニー)
- 主題歌:テイラー・スウィフト「I Knew It, I Knew You」

📖 あらすじ(ネタバレなし)
ボニーの部屋では、ジェシーが保安官の役目を引き受けている。ウッディが去ったあとも日々は続いていて、バズもフォーキーも、いつもどおりに持ち主の帰りを待っている。ところがボニーの周りでは、同年代の子どもたちがもうおもちゃで遊んでいない。話が合わず、友達づくりに苦戦する娘を見かねて、両親が最新型の電子タブレット「リリーパッド」を買い与える。
画面に夢中になったボニーは、おもちゃ箱に手を伸ばさなくなっていく。自分たちはもう必要とされていないのか——部屋に広がった不安に対して、ジェシーはある行動に出る。仲間からの報せを受けたウッディが戻り、バズと再び顔を合わせる。おもちゃの居場所を守るための話が動きはじめる。
✨ この作品の魅力
ここがすごい!
- 1作目とまったく同じ構図に立たせて、問いだけを入れ替えている
- 「捨てられる」の先を、シリーズで初めて希望として描いた
- タブレットを敵として出しながら、最後まで敵として倒さない
- 人間側の心情に、シリーズで最も長い時間を割いている
30年前と同じ場所に立たせて、問いだけを入れ替えた
序盤、ジェシーがリリーパッドに突っかかる。怯えながら、それでも喧嘩を売りにいく。この構図を、シリーズを観てきた人は知っている。1995年の1作目で、ウッディがベッドの上の新型に対してやったことと同じだ。ベッドに置かれた新参者を見上げ、自分の存在が揺らぐ不安を、怒りに変換して突っかかる。やっている中身まで含めて、ほぼ再演になっている。
ただし、同じなのは構図だけだ。1作目のウッディが守ろうとしたのは「アンディの一番のおもちゃ」という自分の席だった。相手は同じおもちゃで、席の取り合いだから、和解すれば終わる。5でジェシーが突きつけられているのはそこではない。相手はおもちゃですらなく、「おもちゃという存在が、まだ要るのか」という問いそのものだ。席を譲る譲らないの話ではなく、部屋ごと要らなくなるかもしれないという話になっている。
ここが4との一番大きな違いになる。4は同じ問いを前にして、問いから降りた。ウッディを持ち主の部屋の外へ出し、おもちゃに自立という別の生き方を選ばせた。あれはあれで一つの答えだが、その瞬間に作品は現実から離れてしまった。持ち主を持たず自分の意思で生きるおもちゃを、少なくとも筆者は知らない。5は降りなかった。同じ部屋に、同じ問いのまま、キャラクターを立たせ続けた。30年かけて同じ場所に戻ってきたのは、この問いがまだ終わっていなかったからだ。
そしてこの回を背負わされたのがジェシーだったのは、配役として正しい。エミリー、アンディ、ボニー。彼女は3人の持ち主のあいだを渡ってきた人形で、手放される側の記憶を、ほかの誰よりも色濃く身体に刻んでいる。ウッディが背負っても説得力は出ない。この問いに答えられる資格を持っていたのは、最初からジェシーだけだった。
「捨てられる」の、その次の行
2作目以降、このシリーズはずっと同じ前提の上に立っていた。子どもは大人になる。だからおもちゃはやがて遊ばれなくなる。これは動かせない。動かせないから、2も3も4も、その日をどう先延ばしするか、どう受け入れるかの話をしてきた。持ち主が大人になるという事実は、常に暗い未来の側にあった。
5は、そこに一行足した。終盤にタイムカプセルが出てくる。掘り出されたものの中に、ジェシーの過去に関わる一つの事実がある。何が分かるかは書かない。書くと、この映画の一番良いところを先に奪うことになる。ただ、それが分かったあとでは、2作目からずっと暗い未来の予告として置かれてきたものが、まるごと別の意味に変わる。遊ばれなくなった先に、無ではないものが置かれていた、という話だ。
これは死生観の話と同じ形をしている。人は死ぬ。それは変えられない。変えられないからこそ、その後ろに「けれども」を置けるかどうかで、生きているあいだの意味がまったく変わる。5がやったのはそれで、しかもおもちゃという設定を壊さずにやった。4が現実から離れることで得た答えとは、質がちがう。
タブレットを、倒さない
予告の時点では、テクノロジーとの対決に見える。実際に観ると違う。リリーパッドの行動原理は、おもちゃたちとまったく同じだ。持ち主のために尽くしたい。やり方が違うだけで、目的地は同じところを向いている。だから最終的に倒すべき相手がいなくなる。
うまいのは、ボニーを傷つけたのも、ボニーを誰かと繋いだのも、同じデバイスだった、という書き方をしているところだ。道具に善悪を割り振らず、使われ方の話に落としている。(この構図をピクサーがフルCGでやっているのは、少し可笑しくもある)
深いテーマ
本作が本当に対立させているのは、デジタルとアナログではない。ゴールとルールが決まっている遊びと、何も決まっていない遊びだ。前者は与えられた枠の中で上手くなるが、後者は枠そのものを子どもが作る。ままごとが「親のまね」であるように、決まっていない遊びは、その子が世界をどう見ているかをそのまま映す。だからこの映画は、タブレットを捨てろとは言わない。同じ端末でも、取り留めのない落書きをしているならそれは後者だからだ。おもちゃの側に肩入れしているように見えて、この映画が守ろうとしている対象は物体ですらない。遊び方そのものだ。
🎭 印象的なシーン
掘り出されたタイムカプセル。中身が分かった瞬間に、2作目からずっと置かれてきた前提が別の意味に変わる。泣かせの段取りが露骨なわけではなく、刺さる角度は観る人によってかなり違うはずだ。中身を知ったあとで前4作を思い返すと、いくつかの別れの場面の後味が変わっている。
新型バズが一斉に目を覚ます終盤。ドローン化した個体が飛び、通信でつながり、玩具の馬に飛び乗って走り出す。1作目では、飛んでいるのではなく格好つけて落ちているだけだと言われていた男が、30年後に本当に飛ぶための機構を手に入れている。西部劇の馬とスペースレンジャーが同じ画面で並走するのは、シリーズの出自を考えるとかなり贅沢な絵だ。(数が多すぎて、集合体が苦手な人にはきつい絵でもある)
ボニーが遊んでいるあいだだけ、画面が絵本になる演出。おもちゃの側から見た世界ではなく、遊んでいる子どもの頭の中がそのまま映る。線がやわらかくなって、色が絵の具に変わる。ここが一番、この映画が何を守ろうとしているかを短く言い切っている場所だった。
💭 視聴後の感情
観終わって最初に浮かんだのは、まだ語ることが残っていたのか、という一言だった。3で完結したと決めつけていた側としては、これは降参に近い。テーマの選び方も、それをジェシーに背負わせた判断も、正しかったと言うしかない。
ただ、それとは別のものも残った。この作り方なら、6も7も作れてしまう。おもちゃたちが時代の変化に毎回うまく適応していける話にしてしまうと、このシリーズは引き際を失う。仕切り直しとして隙がなく、隙がないぶんだけ、終わらせる気がないようにも読める。良かった、なんだかな。その二つが並んだまま片付かない。
まだ観ていないなら、Disney+で2作目だけでも先に通しておくといい。ジェシーがどこから来た人形なのかを知らないままだと、終盤の一場面がただの回想に見えてしまう。
こんな方におすすめ!
- 4で離れてしまい、5を観るかどうか迷っている人
- 3で完結したと思っていて、以降を追っていない人
- 子どもがタブレットに吸い寄せられていくのを、毎日そばで見ている人(特におすすめ)
😅 ここが惜しい
着地は良い。そこへ至る道の作り方に、都合の良さが見える。
一度も「詰まない」まま終わる
1作目には、ロケット花火に括り付けられて導火線に火がついたバズがいた。3には焼却炉があった。炎に向かうベルトコンベアの上でウッディたちが手を取り合ったあの数十秒を、観た人はいまだに覚えている。5には、それに当たる場面が一つもない。
理由ははっきりしていて、新型バズが強すぎる。飛べるし、通信できるし、数もいる。難題が出てきても、能力で片付いてしまう。悪役らしい悪役がいないので、そもそも追い詰められる構造になっていない。テンポは良いのに手に汗をかかないのは、これが原因だ。102分を心地よく流されて終わる。
天秤が、最初からアナログ側に傾いている
デジタルを否定しない着地は良い。ただしそこへ至るまでの描写では、おもちゃで遊ぶほうが楽しそうに見えるように、はっきり重みが付けられている。画面が絵本になるのはおもちゃで遊んでいるときだけだ。タブレットの側にあの多幸感は与えられていない。フェアな比較を見せたうえで共存に着地したのではなく、先に答えが決まっていて、そこへ寄せていったように見える。
終盤に置かれた救いの一つも、理屈で考えると噛み合わない。本当にそう思っていたのなら、そもそもあの行動を取らなかったはずではないか。感情としては効く。効いたうえで、少し都合が良すぎるとも思う。ここは観たあとになって引っかかってきた箇所だった。
ポスターの並びを、本編は守らない
日本版のポスターには、ウッディとバズを中心にポテトヘッドもレックスも顔を揃えている。本編を観ると、あの並びは看板でしかなかったと分かる。新キャラと新型バズの群れで人数が増えすぎたうえ、話が三つのグループに分かれて進むので、1作目からの顔ぶれに配る尺が残らなかった。全員で知恵を出し合って切り抜けるという、このシリーズの気持ちよさが薄い。
ウッディの扱いも近い。呼ばれて戻ってきたはいいが、事態を動かす役ではなく、周辺で振り回されている時間が長い。宣伝で並んでいる顔ぶれと、本編で物語を進める顔ぶれは別だ。これはジェシーの映画だと分かったうえで観たほうがいい。
ここが残念…
- 絶体絶命の場面が一つもなく、緊張感が終始ゆるい
- 共存に着地する前から、天秤がアナログ側に傾けられている
- ポテトヘッドら1作目からの面々に見せ場がない
こんな方には向かないかも…
- ウッディとバズの二人が引っ張る話を期待している人(今回は脇に回る)
- 3の焼却炉のような、追い詰められる展開を求めている人
サウンドトラック購入先
- Spotify:配信あり
- Apple Music:配信あり
スコアは1作目から通してランディ・ニューマン。エンドロールに流れるテイラー・スウィフト「I Knew It, I Knew You」はカントリー寄りで、ジェシーの回に合わせてある。CDは2026年9月25日発売予定(品番UWCD-1151・3,300円)。
🎬 「トイストーリー5」が好きなら絶対見るべき3選
ウォーリー(2008年)
監督が同じアンドリュー・スタントンだ。そして本作の18年前に、人間が画面に吸い寄せられて自分の足で立てなくなった未来を、すでに描いている。宇宙船の住人は一日中モニターを眺め、隣に誰がいるかも見ていない。5でボニーの部屋に届いたリリーパッドは、その世界の入口に置かれた一台だと考えるとぞっとする。同じ監督が、18年かけて同じ問いを二度やったと読むと、5の見え方が変わる。
👉 『ウォーリー』レビュー|セリフなしで芸術の域に達したピクサー最高傑作
インサイド・ヘッド(2015年)
子どもが成長すると、置いていかれる側が必ず出る。この映画でその役を引き受けるのがビンボンだ。少女が幼い頃に作った空想の友達で、もう呼ばれない。遊ばれなくなったおもちゃと、まったく同じ位置に立っている。5が102分かけて答えを出そうとした問いを、こちらは一つの退場だけで突きつけてくる。順番としては、5のあとに観たほうが刺さる。
ブレードランナー(1982年)
作られた存在が、自分に終わりが来ることを知っている。この一点で5と同じ問いの上に立っていて、答えだけが正反対だ。5は「けれども」を差し出す。この映画は差し出さない。終わりは終わりとして受け止められ、それでも生きた時間はあった、というところで止まる。5の救いを少し都合が良いと感じた人ほど、こちらの冷たさが効く。埋め合わせのない版の同じ話だと思って観てほしい(映像は現在の標準であるファイナル・カット版の予告)。
📺 配信サービス別・視聴ガイド
『トイストーリー5』は現時点でどのサブスクにも無い|観る道は3つ
1つ目は劇場。公開から7週が過ぎたが、上映を続けている館はまだある。公式サイトの劇場検索で近隣の状況を確認するのが早い。終盤は音の物量がそのまま効くので、観られるうちに大きい音響で浴びておく価値はある。
2つ目は配信を待つ。日本の配信開始日は未発表だ。手がかりになるのは米国のスケジュールで、現地では6月19日の劇場公開から約2か月後の8月18日にデジタル配信が解禁され、9月22日にソフトが発売される。日本公開は7月3日なので、同じ間隔をあてはめれば秋口が一つの目安になる。ただしこれは過去のパターンからの推測で、確定情報ではない。配信先は、過去4作がすべてDisney+の見放題に入っていることから、Disney+が最有力になる。
3つ目は、待つあいだに過去作を通す。これが一番おすすめできる。5はジェシーの回で、彼女の過去が本編の芯にある。その過去が描かれたのは2作目だ。2を観ているかどうかで、終盤の効き方がはっきり変わる。1〜4はDisney+の見放題に揃っているので、順番に追いかけるなら今がちょうどいい。
視聴はこちらから
- Disney+:本作は配信なし/過去作1〜4は見放題
- U-NEXT (31日間無料体験):配信なし
- Amazon Prime Video (30日間無料体験):配信なし(過去作はレンタル・購入のみ)
- Hulu:配信なし
- Netflix:配信なし
※2026年8月23日時点。本作の国内配信が始まり次第、この記事も更新する。
🎁 サントラ・関連グッズ
本作の日本盤ソフトはまだ発売されていない。過去作を音楽で振り返るなら、シリーズ30周年に合わせて2026年7月15日に出た『ベスト・オブ・トイ・ストーリー -30 Years & Beyond-』が手っ取り早い。「君はともだち」を含む1〜4作の全19曲入りで、5を観る前の助走にちょうどいい。
📝 まとめ
2026年8月23日時点で、『トイ・ストーリー5』は国内配信ゼロだ。本命の配信先はDisney+、時期は秋口が一つの目安になる。待つあいだにやることは一つで、2作目を観ておくことだ。
作品としては、3で完結だと決めつけていた側が降参する出来だった。緊張感の薄さも、天秤の傾きも、昔からの面々の不在も、書いたとおり気になっている。それでも、30年ぶん積み上げてきた前提の後ろに、もう一行を置いてみせた。ファンタジーの規約を一つも破らずにそこへ辿り着いたのは、4にはできなかったことだ。6が発表されたら観るかと聞かれれば、たぶん観る。今度はもう、期待しないふりはできない。
⭐ 作品の特徴
| 項目 | 評価 | コメント |
|---|---|---|
| テーマ性 | ★★★★★ | 「捨てられる」の次の一行をついに書いた |
| キャラクター | ★★★★☆ | ジェシーの掘り下げは完璧。旧メンバーは後ろに下がった |
| 映像 | ★★★★★ | 塗装の剥げまで描く質感と、絵本に変わる演出 |
| 音楽 | ★★★★☆ | ランディ・ニューマン続投、エンドロールに新曲 |
| 緊張感 | ★★☆☆☆ | 一度も詰まないまま102分が終わる |
うさぎ亭的おすすめ度
⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐☆☆
8.0 / 10
3で終わらせたかった。その気持ちごと、5に引き取られた。