『この世界の片隅に』と「さらにいくつもの」の違い|リンさんの物語で完成する

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この映画は、涙なしには観られなかった。

朝の台所、配給の列、縁側でのおしゃべり。129分のほとんどが、呉の北條家の何でもない毎日で埋まっている。その日常を丁寧に描いているから、こちらも隣人になったような距離で、すずさんの家族と接することになる。筆者は2019年の長尺版『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』も観ていて、2本を観た今は、長尺版のほうを勧めたい。

2016年公開、こうの史代の漫画を片渕須直監督がアニメにした映画。初日はわずか63館で始まり、口コミで上映館が増えて、2019年12月まで1133日続けて映画館にかかった。この記事では作品の魅力に加えて、2016年版と長尺版の違い、リンさんの物語、どっちを観ればいいかにも答えていく。なお、TBSで2018年に放送された連続ドラマ版とは別の作品だ。

📺 『この世界の片隅に』はどこで見れる?【2026年10月版】

サービス2016年版(129分)長尺版(168分)無料体験
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2026年10月25日に確かめた時点で、2016年版を見放題で観られるのはU-NEXTだけだ。Amazonプライム・ビデオでは、2016年版はレンタル(または有料チャンネル「日本映画ネット」)で、長尺版のほうがプライム会員の見放題に入っている。Netflixにあるのも長尺版だ。配信状況は変わることがあるので、観る前に各サービスの公式サイトでも確かめてほしい。

観るならU-NEXTがおすすめ。2016年版と長尺版の2本がどちらも見放題に入っているのはU-NEXTだけで、見比べるなら契約は1つで足りる。31日間の無料体験があり、申し込んだその日から観られる(本編129分)。解約もいつでもできる。

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北條家の台所に笑いが絶えないのと同じ理由で、強制収容所の中でも、父親が息子に「これはゲームだ」と言い続ける映画がある。『ライフ・イズ・ビューティフル』だ。

🎬 予告編

この作品を3行で

  • 戦時下の呉で暮らす一家の毎日を、台所の高さから描いたアニメ映画
  • のんが声をあてたすずさんは、ぼんやりしていて、よく笑う
  • 2019年の長尺版で、リンさんの物語まで描かれて完成する

作品情報

  • 作品名:この世界の片隅に
  • 公開日:2016年11月12日
  • 監督・脚本:片渕須直
  • 原作:こうの史代『この世界の片隅に』(双葉社)
  • 音楽:コトリンゴ
  • アニメーション制作:MAPPA
  • 声の出演:のん(すず)、細谷佳正(周作)、尾身美詞(径子)、稲葉菜月(晴美)、小野大輔(水原哲)、潘めぐみ(すみ)、岩井七世(リン)
  • 上映時間:129分(長尺版は168分)
  • 主な受賞:第40回日本アカデミー賞 最優秀アニメーション作品賞、第90回キネマ旬報ベスト・テン 日本映画第1位
この世界の片隅に ポスター
出典:TMDB

📖 この世界の片隅にのあらすじ(ネタバレなし)

広島市の江波で、海苔をつくる家に生まれた浦野すず(のん)。絵を描くのが好きで、少しぼんやりした娘だ。昭和19年、18歳のすずは、ほとんど顔も知らない北條周作(細谷佳正)に望まれて、軍港の街・呉へ嫁いでいく。

嫁ぎ先には、優しい義父母と、出戻ってきた厳しい義姉の径子(尾身美詞)、その娘の晴美(稲葉菜月)がいる。物は日に日に足りなくなり、配給は減り、空襲警報が鳴る回数が増える。それでもすずは、道端の野草で献立を工夫し、失敗しては笑われながら、北條家の一員になっていく。画面の隅に出る「昭和◯年◯月」の日付が、少しずつ昭和20年の夏へ近づいていく。

この世界の片隅に 北條家の食卓を囲むすずたち
出典:TMDB

✨ この作品の魅力

ここがすごい!

  • 戦場ではなく、送り出した側の台所と配給の列から戦争を描く
  • のんの声で、すずが画面の外にも住んでいる人になる
  • 笑わせる場面を先に積むので、失われるものの重さがこちらに移ってくる
  • コトリンゴの「悲しくてやりきれない」が、のどかな江波の海にかぶさる冒頭

戦争を、台所と配給の列から見る映画

戦争映画なのに、兵隊が撃ち合う場面はほとんど出てこない。カメラが置かれているのは、北條家の台所と、段々畑と、配給の列だ。

すずは野に生えるスミレやハコベを摘んで、雑炊の量をかさ増しする。楠木正成が考えたと伝わる「楠公飯」を炊いてみて、家族そろって微妙な顔になる。着物をもんぺに縫い直し、防空壕を掘り、貴重な砂糖をだめにしてしまって落ち込む。こういう場面が、だいたい笑いと一緒に、これでもかというほど続く。

この世界の片隅に 段々畑で野草を摘むすず
出典:TMDB

そのあいだに、戦争のほうが少しずつ台所へ入り込んでくる。最初は大騒ぎだった空襲警報に、北條家の人たちはだんだん慣れていき、「またか」という顔で防空壕に入るようになる。観ている側も、北條家と一緒に少しずつ慣らされていく。悲惨な場面を見せつけられるのとは、別の種類の怖さだ。

『火垂るの墓』が、頼れる大人を失って孤立していく兄妹を追うのに対して、この映画のすずの周りには最後まで家族と隣組がいる。悲惨さを強く描くほど、観る側は「自分とは別の時代の話」にして安心できる。この映画には、その逃げ場がない。原爆も終戦も、続いていく毎日のなかの一日として来る。来たあとも、その夜にはご飯を炊く。だから70年以上前の話なのに、親戚の家の昔話を聞いているような近さがある。

のんの声が、すずを「すずさん」にする

のんの声は、すずの「ぽやん」とした感じをそのまま運んでくる。驚いたときの「ふぇ」とか、広島弁の語尾の「〜しとる」とか、台本の文字ではなく、その場で口から出た音に聞こえる。

観終わった人の多くが、主人公を呼び捨てにせず「すずさん」と呼ぶ。のんの声がそうさせているのだと思う。ぼんやりした呟きの人が、終盤で一度だけ、聞いたことのない強さで声を荒げる。その落差があるから、そこで画面の前の空気が変わる。

笑っているうちに、昭和20年の夏が近づいてくる

前半は、笑える場面が続く。港の軍艦を写生していて、憲兵にスパイと疑われて叱られる話。砂糖を買いに出て、闇市の先で迷子になる話。笑わせる場面を先にたっぷり積んでおいて、そのうえで日付が進む。

笑った分だけ、こちらは北條家の内側に入ってしまっている。だから何かが起きたとき、それは画面の向こうの出来事ではなくなる。さっきまで一緒に笑っていた人の身に起きたこととして、まっすぐこちらに届く。

深いテーマ

戦争が奪っていくのは、昨日まで当たり前にあった毎日だ。この映画はそれを、爆撃の回数や死者の数ではなく、砂糖が手に入らない、絵を描く手がない、という単位で見せる。数字で語られる戦争の中に、一人ぶんの暮らしがどれだけの大きさで入っていたのか。歴史の年表の側から見ていた出来事を、この映画は生活の側へ引き寄せる。

🎭 印象的なシーン

⚠ ここから「視聴後の感情」の終わりまでは、終盤の出来事に触れる。まだ観ていない人は「こんな方におすすめ」まで飛ばしてほしい。

1つ目は、晴美と手をつないでいた右手の場面。空襲のあと、晴美と手をつないで歩いていたすずのそばで、地面に残っていた時限爆弾が爆発する。晴美は助からず、すずはつないでいた右手を失う。できるだけ普段どおりに暮らそうとしてきた家に、いきなりこれが来る。それまでの日常が丁寧だった分だけ、衝撃はそのまま返ってきた。

そのあと、すずの頭の中では「あのとき、ああしていれば」が何度も巻き戻される。画面の色と線までが乱れて、世界の輪郭が崩れていく。径子は、娘を守れなかったすずを責める。絵を描くための右手を失ったすずは、もう絵が描けない。

2つ目は、玉音放送を聞いたあとのすず。北條家の人たちが静かに受け止めるなかで、すずだけが怒る。それまで、何を失っても前を向いてきた人だ。その人が、これまで何のために耐えてきたのかと声を荒げ、外へ飛び出して泣き崩れる。街には太極旗が揚がり、すずは、自分の毎日が海の向こうから運ばれてきた米や豆で成り立っていたことに思い至る。

このとき、すずさんはどんな気持ちだったのか。晴美を失い、右手を失い、それでも前を向いて暮らしてきた人の、その全部が一度に崩れる瞬間だ。ここまでを丁寧に描いてきたから、余計に胸に来た。

3つ目は、爆撃の最中にすずが「ここに絵の具があれば」と思う場面。空にはじける対空砲火の煙が色とりどりに見えて、すずはそれを描きたくなってしまう。現実から目をそらしているようにも見えるが、目の前のものを絵にして受け止めることで、すずは毎日をつないできたのだと思う。だからこそ、右手を失う場面がいっそう重くなる。

この世界の片隅に 呉の空襲の場面
出典:TMDB

💭 視聴後の感情

2016年版だけだと、物語にまだ少しだけ欠けているところがある。何が欠けているかは「ここが惜しい」の2つ目に書いた。

何もかもが元には戻らないまま、北條家は戦争のあとの毎日を始める。

この世界の片隅に 空襲で焼けた街に立つすず
出典:TMDB

ラストでは、広島で親を亡くした小さな女の子が、北條家に迎えられる。エンドロールの最後まで観てほしい。その子と家族のその後が、少しだけ描かれている。

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こんな方におすすめ!

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😅 ここが惜しい

絶賛で通してきたが、初めて観る人がつまずきそうな所も書いておく。

日付が進むのが早く、初見では人と出来事を見失う

この映画は、場面が変わるたびに「昭和◯年◯月」の日付を出しながら、かなりの速さで時間を進める。説明のセリフは少なく、画面の隅に置かれた情報を拾っていかないと、気づいたときには誰かがいなくなっている。1回観ただけで、誰に何が起きたかを全部追うのは難しい。

リンさんと周作の話が、2016年版ではほとんど語られない

すずが呉の遊郭の前で出会う女性、リン(岩井七世)。2016年版での出番は数場面で、彼女がどういう人なのか、すずや周作とどうつながっているのかは、ほとんど分からないまま終わる。原作を読んでいる人には分かる含みが、映画だけの人には届かない。

ただ、この穴は2019年の長尺版がまるごと埋めてくれる。

ここが残念…

  • 日付と出来事の積み重ねが速く、初見では誰に何が起きたかを追い切れない
  • リンさんと周作の関係が、2016年版だけではほとんど分からない

🆚 『この世界の片隅に』と『さらにいくつもの片隅に』の違い|どっちを観る?

観てほしいのは『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』のほうだ。2016年版では掘り下げられなかったリンさんの物語まで描いていて、こちらを観ることで、この映画は完成したとも言える。

項目この世界の片隅にこの世界の(さらにいくつもの)片隅に
公開2016年11月12日2019年12月20日
上映時間129分168分
リンさん数場面だけすずとの交流、周作との過去まで描かれる
増えた場面-リンさんの話、遊郭のテル(花澤香菜)、終戦後の枕崎台風など
すずの見え方健気に嫁いだ娘夫の過去に揺れる、一人の妻
見放題U-NEXTU-NEXT・Prime Video・Netflix

長尺版は、2016年版に新しい場面を足した作品だ。公式サイトは「250カットを超える新エピソード」を加えた作品と案内していて、上映時間は2016年版より39分長い。製作側は単なる長尺版ではなく、もう1本の映画として位置づけている。

リンさんは誰か(ここからネタバレあり)

リンは、呉の遊郭で働く女性だ。2016年版では、道に迷ったすずが遊郭の前に出てしまい、そこで道を教えてくれた人として出会う。すずは地面に絵を描いてみせて、2人は短い時間だけ仲良くなる。

この世界の片隅に 遊郭の前で並んで座るすずとリン
出典:TMDB

長尺版では、その先が描かれる。周作には、すずと結婚する前に、リンと一緒になろうとしていた過去があった。すずはそのことに、ある小さな手がかりから気づいてしまう。自分は誰かの代わりに選ばれたのではないか。2016年版のすずが「ぼんやりした、健気なお嫁さん」に見えていたとしたら、長尺版のすずは、夫の過去を知りながら同じ家で暮らし続ける、ひとりの大人の女性になる。

すずとリンが向き合う場面も増える。2人は同じ年頃で、どちらも自分の居場所が分からなくなりかけている。リンがすずにかける言葉は、右手を失ったあとのすずを思い浮かべながら聞くと、いっそう深く響く。

どっちから観ればいい?

長尺版で変わるのは、すずが北條家で生きていく決心の重さだ。周作の過去を知ったうえで、それでも同じ家に残る。2016年版で泣いた場面が、長尺版では別の意味を帯びて戻ってくる。

168分が長く感じるなら、129分の2016年版から入って、気に入ったら長尺版へ進む順番でもいい。どちらの順で観ても、2本をそろえて見比べられる見放題はU-NEXTだけだ。

なお「この世界の片隅に」で検索すると、TBSの連続ドラマ(2018年・主演 松本穂香)も出てくる。原作は同じだが、アニメ映画とは別の作品で、この記事では扱っていない。

サウンドトラック購入先

音楽はコトリンゴ。冒頭に流れる「悲しくてやりきれない」は、ザ・フォーク・クルセダーズの曲を彼女がカバーしたものだ。配信されているのは長尺版のサウンドトラック(全38曲)で、2016年版の曲も入っている。

🎬 「この世界の片隅に」が好きなら絶対見るべき3選

ワルシャワの隠れ家、瀬戸内の島、竹林の里。舞台はばらばらだが、どれもこの映画と同じ場所にたどり着く3本だ。

戦場のピアニスト

2002年、ロマン・ポランスキー監督。ナチス占領下のワルシャワで、ユダヤ人のピアニストが戦争を生き抜いた実話をもとにしている。主人公は銃を持たない。家族と引き離され、隠れ家を転々とし、食べるものを探す。前線ではなく、隠れ家の窓から戦争を見続けるという点で、すずの台所と同じ場所に立っている映画だ。カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受けた。

👉 『戦場のピアニスト』のレビューを読む

ももへの手紙

2012年、沖浦啓之監督のアニメ映画。父を亡くした小学6年生のももが、母と一緒に瀬戸内の島へ移り住む。舞台のモデルになった大崎下島は、すずが嫁いだのと同じ広島県呉市にある。時代も題材も違うが、失ったものを大げさに嘆かず、島の毎日の中で少しずつ受け止めていく話の運びがよく似ている。呉の海の光の描き方も、並べて観ると面白い。

👉 『ももへの手紙』のレビューを読む

かぐや姫の物語

2013年、高畑勲監督。竹取物語を、筆で描いたような線と淡い色だけで映画にしている。野山を駆け回る子ども時代の喜びが、都の屋敷に移ると少しずつ失われていく。姫が屋敷を飛び出す場面では、線そのものが荒れて崩れていく。すずが右手を失ったあとに画面の線が乱れる、あの場面と同じことを、別のやり方でやっている映画だ。

スタジオジブリの作品で、2026年10月時点では国内の主要な定額配信(U-NEXT・Netflix・Prime Video・Hulu)に入っていない。日本語の公式予告編がネット上に見当たらないため、北米配給元による英語版を載せている。

📺 配信サービス別・視聴ガイド

👉 観るならU-NEXT(31日間の無料体験あり)。各サービスの違いは下にまとめた。

『この世界の片隅に』をU-NEXTで観る(31日間無料)

『この世界の片隅に』はどのサブスクで観るのがおすすめ?

2本とも観るつもりなら、迷わずU-NEXTだ。2016年版と長尺版の両方が見放題に入っているのはU-NEXTだけで(2026年10月25日時点)、31日間の無料体験のうちに2本を続けて観られる。片渕須直監督を追ったドキュメンタリー『〈片隅〉たちと生きる 監督・片渕須直の仕事』も、同じく見放題に入っている。

すでにプライム会員で、長尺版だけ観られればいいなら、Amazonプライム・ビデオでも足りる。Netflixにあるのも長尺版だけだ。2016年版をプライム・ビデオで観る場合は、1本ごとのレンタルになる。

視聴はこちらから

📚 原作情報

原作はこうの史代の漫画で、全3巻(上・中・下)で完結している。映画ではほのめかす程度にとどまったリンさんの過去や、すずの子ども時代とのつながりも、原作ならじっくり追える。長尺版を観て、リンさんの話をもっと知りたくなった人に向いている。

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📝 まとめ

兵隊が撃ち合う場面は数えるほどで、残りは北條家の一日でできている戦争映画だ。その毎日に付き合ってきたから、あの夏が来たときに、こちらの何かも一緒に持っていかれる。戦争の体験を語る人は、年々少なくなっている。「日常」がどれだけ大切なものかを、この映画は思い出させてくれる。

そして2016年版で終わらせず、リンさんの物語が加わったもう1本まで観てほしい。どちらから入っても、U-NEXTなら2本を同じ契約のまま続けて観られる。

⭐ 作品の特徴

ストーリー★★★★★
声の演技★★★★★
映像・演出★★★★★
音楽★★★★☆
万人向け度★★★★☆

うさぎ亭的おすすめ度

⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐☆

9.2 / 10

丁寧に描かれた日常に泣かされる129分。リンさんの物語を足した長尺版まで観て、この映画は完成する。

📱 うさぎ亭のショート動画

次に観る1本は、60秒で見つける

映画・アニメの「観たくなる一点」だけを1分にまとめて、ほぼ毎日出しています。まず1本、見てみてください。

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